元ラルクsakuraプロデュース ビジュアル系イケメンロックバンド シド (SID)ヒストリーまとめ

SID(シド)は、日本のヴィジュアル系ロックバンド。所属レコード会社はキューンミュージック。芸能事務所スターダストプロモーションと業務提携している。

2003年5月にマオを中心に明希と結成。サポートメンバー(当時)のしんぢとゆうやを含め、全員をマオが集めて結成された。

2004年1月14日の目黒鹿鳴館でのワンマンライブにて、それまでサポートメンバー兼ローディーだったShinji(当時しんぢ)とゆうやの正式加入を発表。現在の4人編成となる。

2008年10月29日にシングル「モノクロのキス」で、キューンレコード(現キューンミュージック)からメジャー・デビュー。

作詞は”循環”を除いてすべてマオが担当[2]しており、作曲は楽器陣(Shinji、明希、ゆうや)がそれぞれ担当している。作曲者が3人いて、それぞれが全く違うタイプなのが特徴。マオが「違うタイプの曲を持ってこられて引き出しが増えたりしたこともあるし、作詞面はある意味、この3人に鍛えられた。」と語るほど大きな特徴である[3]。

出典ameblo.jp

雑誌インタビューでは、「シドは8ビートの曲もできればバラードもできるし、なにより曲が多彩」という旨の発言がインタビュアーからされることが多く、メンバーが「どんな曲にしても最終的にはシドになる」と発言したこともある。 “涙の温度”などのようにストリングスなどをふんだんに盛り込んだバラードもあれば、”one way”のようにダブルを入れないビート系の曲、ボサノバ、スカ、パンクロックなどの要素を盛り込んだ曲もあるなど、実際に多彩。 曲のジャンル性とは打って変わって、曲の構成においては「Aメロ、Bメロ、サビがしっかりとある曲」が非常に多く、

インタビューでは明希が「それがシドらしいってことだと思う」と発言していたり、「逆にBメロがない曲を作ってプリプロしてると、『やっぱBメロがある方がしっくりくるね』って話が自然と出てくる」という時期もあったほど。

語呂合わせで、4月10日をシドの日と銘打つことが多いが、マオ曰く「シドの日は10月4日」。また、公式ファンクラブ「ID-S」の発足日も2005年10月4日である[4]。事務所・レコード会社の双方からやめるよう言われるほどにライブのMCが下ネタで埋め尽くされたり、天然発言やセリフを噛んだりした時に他のメンバーがそれを散々にいじり倒すことがある。

ライブ時においても作品を発信するということへのこだわりが非常に強く、特に特徴的なものとして、一部のパートでしかアコギを使わない曲でもスタンドを設置して弾く、”ハナビラ”においてイントロ~1番Aメロのみチューニングを変えたベースを用いる、”誘感コレクション”がきっかけでドラムセットにコンガを投入し、自身で演奏できるよう教わるなどが挙げられる。 Dear Tokyoのサビの主メロの一部を除いて、音源ではコーラスも全てマオのみの声で収録している。ただし、ライブでは、マニピュレーターがコーラスや主メロの一部を差し込む形式と、マオ以外のメンバーが生声でコーラスに入る形式の2形式を取っている。

前者の形式は、ラストサビがループで、かつ1回目の終端と2回目のはじめの小節が重なっている曲が特に多く、また後者の形式で演奏する楽曲では複数のメンバーがコーラスに入る曲もある。

目に見えて分かるほどのメイクの大きな変化が2~3度あり、1度目は”ホソイコエ”のアーティストフォトで、この時に全員のメイク担当が変更され、以降はいわゆる「パンダ目」だった濃いアイシャドウをほとんど付けなくなった(ただしあくまで基本形で、メジャーデビュー以降でも”モノクロのキス””2℃目の彼女”では明希が、”嘘”ではゆうやが濃いアイメイクでアーティストフォトを撮っている)。

次の大きな変更は”dead stock”のツアー時(アーティストフォトまではあまり変化していない)で、唯一濃いアイラインが残っていたマオもほぼノーメイク状態が基本形になっているほか、マオのファンデーションが1段階暗くなっている。2012年現在、「(メイクは)その日の気分で濃くすることもある」というのがメンバーの中にある状態だが、「だからといってV系じゃない訳ではない」という考えも同様に持っている。

元事務所のデンジャークルー・レコードに入る前、ライヴでの衣装が喪服であった為こう呼ばれている。
以下のMD・シングル(会場盤、通販盤)は、限定発売で完売しており、現在では入手困難。
オークションや通販、V系専門の中古CDショップで高値で販売されているが、数は多くはない。

PRまとめ

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